考え「続ける」ことの意義―バイアスをかける

「5分10分考えて思いつくことは誰でも思いつく。アイデアがひらめくには普段からアンテナをはり続ける、考え続けることが大事」

 

と、先日フィリピンに行ったインターンの事後ワークショップで言われた。

 

僕は感銘を受けた。

 

感銘を受けた理由の前に上の言葉の僕の勝手な解釈を述べたい。

 

 

「考え続けることでアイデアが生まれる」

このことは僕にも心当たりがある。

 

「考え続けること」は、僕はある意味で「自分の思考にバイアスをかけること」だと思っている。

 

多かれ少なかれ、人は物事を見るとき考えるときに、自分のフィルターを通してしまう。

当たり前ながら、バイアスという自分色のメガネ・レンズを通して物事を見ている。

悪い意味ではそれを偏見と呼ぶのだが。

 

 

さて、その「自分の思考にバイアスがかかってしまうこと」、それは僕はいい意味でも使えることだと思っている。

例えば、途上国開発に関心がある、つまり途上国バイアスがかかっている人からすると、

今話題のAIもどこかで無意識に途上国の視点から、ドローン、あるいは車一つとってしても途上国バイアスで頭のどこかで考えてしまう。

 

つまり、何やかんやつねに途上国という視点から考えてるってことですね。

 

 

で「考え続けること」は、「自分の思考にバイアスをかけること」だと。

つまり考え続けることで自分の思考のバイアスを増やせるってことすね。

 

僕の場合でも、僕がよく言う「優秀な人がこんなにいるのにどうして様々な問題が解決されていないのか」って問いをずっと考えてたら、「優秀な人ry)」バイアスが知らん間ににかかっちゃってたりしたわけですね。

 

 

 

そこで冒頭の言葉をこれまで述べた僕の解釈とともにまとめると、

 

「考え続ける→思考にバイアスがかかる→その思考で日常アンテナはり続けちゃう→アイデア生まれる」・・(※)

 

という流れ。

 

ここまでが冒頭の言葉の僕なりの解釈。

ここからが僕が感銘を受けた理由。

 

いや、それ誰でも出来るやん!!

 

この地球No.1凡人の僕が織りなす感動はおそらく伝わらないだろう。

まあつまり考え続けることぐらいは凡人でも誰にでもできるということです。

でもそれだけで(※)の(論理ガバガバ)フローからすればアイデアを生み出すことができるのではないか。

 

イデアとかイノベーションって小さいころからエリート教育受けてきた優秀な意識高き人しか出来ないと思ってたよね。

でもこれなら幼少期好奇心圧倒的育まれなかったコンプレックスの僕でも出来るかもしれない!

(コンプレックスという言葉はあまり好きではない。だってしゃあないもんはしゃあないから(どうだこの凡人コンプレックスが織りなす圧倒的論理の飛躍))

 

イケメン陽キャラ学生時代学級委員長で教室の中心にいた4K(高身長高学歴かっこいい彼女持ち)意識高いインテリジェンスを

ブサイク陰キャラ学生時代教室の隅っこで心失ってた4K(クズクソキモい彼女いない)凡人がぶっ潰すことが出来るかもしれない!!

 

と僕は思ったわけです。

 

まとめると、誰でもできる(※)のフローでいいアイデア作れるかもしれないね、考え続けて自分の思考のバイアスを作っていくことは大事なんじゃねって話でした。